バイオグラフィー

バイオグラフィー(下にロングバージョンがあります):
1977年広島県広島市生まれ。桜美林大学を卒業後、2001年にアメリカに渡り、ボストンのバークリー音楽大学に入学。2004年に同大学を首席で卒業と同時に、活動の拠点をニューヨークに移す。以来、トリオ、ソロギター演奏をベースにグローバルな演奏活動を続ける。

自己のグループでは、Iridium Jazz Club、Blue Note NY、Blues Alleyなどに出演し、世界最大級のモントリオール国際ジャズフェスティバル、そしてその他数多くのジャズフェスティバルからも招聘され出演する。ニューヨークを中心とした演奏活動に加え、北米やヨーロッパでのツアーも行い、2004年からは毎年日本ツアーも行っている。

これまでにWhat’s New Records、Summit Recordsなどからオリジナル曲を中心とした7枚のリーダーアルバムを発表し、世界各国のメディアに取り上げられる。特に最新作『The Nobuki Takamen Trio』はオールアバウトジャズ誌で5つ星を獲得し、「これまでに日本が輩出した最高のジャズギタリストであることは間違いないだろう。」と絶賛される。

演奏家としてだけでなく、全米のUSA Songwriting Competition 2019のインスト部門で第1位を獲得するなど、作曲家としても高い評価を得ている。

演奏家/作曲家としてだけでなく、世界各地のジャズワークショップや学校訪問を行うなど教育面にも力を入れており、ギタリストを対象とした個人レッスン、通信レッスン、YouTubeなどでも積極的に情報を発信している。

Acoustic Image社、Raezer’s Edge社、Eventide社、Sommer Cable、Reunion Blues エンドースメント・アーティスト。

<Quote>
”これまでに日本が輩出した最高のジャズギタリストであることは間違いないだろう。”(5つ星)
– AllAboutJazz誌(アメリカ)

”作曲に対する鋭い感性と注目に値する技術を持った円熟した演奏家だ。”
– Vintage Guitar誌(アメリカ)

”ビ・バップにインスパイアされた独自のスタイルを持った優れた即興演奏家だ。”
– スコット・ヤノウ(ジャズ評論家『The Great Jazz Guitarist』著者)

”ギタリスト高免信喜は、彼のギブソンギターと共に世界中を旅し、その名をジャズ界に響かせている。”
– モントリオール国際ジャズフェスティバル

<ジャズフェスティバル & ジャズクラブ>
モントリオール国際ジャズフェスティバル(カナダ)
ローチェスター国際ジャズフェスティバル(アメリカ)
バンクーバー国際ジャズフェスティバル(カナダ)
DCジャズフェスティバル(アメリカ)
ハートフォード・ジャズフェスティバル(アメリカ)
リバービュー・ジャズフェスティバル(アメリカ)
ジャージーシティー・ジャズフェスティバル(アメリカ)
メディシンハット・ジャズフェスティバル(カナダ)
ジャズYYC・サマージャズフェスティバル (カナダ)
カルガリー・ジャズフェスティバル(カナダ)
レスブリッジ・ブルース&ジャズフェスティバル (カナダ)
ジャズヴェズ(クロアチア)
ニシュヴィル・ジャズフェスティバル(セルビア)
ペトロヴァッツ・ジャズフェスティバル(モンテネグロ)
テクノジャズフェスティバル(日本)

Iridium Jazz Club(ニューヨーク)
Blue Note(ニューヨーク)
Smalls Jazz Club(ニューヨーク)
Bar Next Door(ニューヨーク)
Blues Alley(ワシントンDC)
Esplanade Arts & Heritage Centre(カナダ)
Martha Cohen Theatre(カナダ)
ECU(パリ)
Malmitalo(ヘルシンキ)
iF Cafe (ブタペスト)
Tokyo TUC(東京)

バイオグラフィー(ロングバージョン):
1977年広島県広島市生まれ。小学5年生から器械体操をはじめ、6年生で広島市の大会で個人総合1位を獲得。中学では器械体操部に所属し、毎日練習に明け暮れていたが、中学1年の秋に練習中のアクシデントで大怪我。退院してからもリハビリを続けるが、思うように体が動かず挫折していた14歳のとき、サイモン&ガーファンクルの音楽に衝撃を受けて、ギターを弾き始める。

高校に進学してからは器械体操をやめてギターにのめり込み、同級生たちとバンドを組んで広島市内のライブハウスなどで演奏するようになる。その頃はエリック・クラプトンの”アンプラグド”をきっかけにブルースにのめり込み、そこからロック、ハードロック、ヘビーメタルなどを聞き、特にジミ・ヘンドリックスとラウドネスには多大な影響を受けた。音楽以外では、高校1年生の夏休みに四国を自転車で一周し、高校2年生の時には九州を自転車で一周した。

高校卒業後、桜美林大学に進学するために上京。英語英米文学科に所属し、ゼミではジミ・ヘンドリックスとチャーリー・パーカーについて研究した。また、音楽サークルにも所属し、バンド練習に明け暮れる日々を送る。大学4年間で演奏したバンドは実に100バンドを超え、さまざまなジャンルの音楽を演奏したことは、自分の音楽的バックボーンといえる貴重な経験となった。

大学3年生の頃、一念発起してアメリカ一周の旅を計画。いろいろと考えた結果、このときは自転車ではなく、電車で一周することに。周遊券を購入して、ロサンゼルス、ニューオーリンズ、ニューヨーク、シカゴ、シアトル、オレゴン、ユタなどを巡り、1ヶ月半かけてアメリカを一周する。この経験がその後アメリカ留学を考える大きなきっかけとなる。日本に戻ってからは、本格的に音楽を学ぶためにギタリスト、岡延行氏に師事。大学卒業後はアルバイトをしながら、ギターの練習と英語の勉強を続ける。2001年にボストンのバークリー音楽大学の入試に合格し、同年8月にアメリカに渡る。

バークリー音楽大学では、プロフェッショナル・ミュージック科を専攻。ミック・グッドリック、シェリル・ベイリー、ジョン・ウィートリー、スティーヴ・ロチンスキーに師事し、パフォーマンス、アドリブ、作編曲を中心に学ぶ。また、在学中には禁酒し、セッションや練習に明け暮れる生活の中で、ジャズソロを100曲コピーし採譜するという目標も達成。2004年にプロフェッショナル・ディビジョン・アワードを受賞し、同大学を首席で卒業する。同大学最後の冬休みにニューヨークを訪れ、そのときに演奏したことがきっかけで、卒業と同時にニューヨークに移り住む。

続く・・・。